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日産GT-RエンジンVR38DETT開発秘話

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日本が生んだ世界の名車、日産GT-R。まぎれもないスーパースポーツカーです。R32以降復活し、進化を遂げてきたGT-Rですが、その進化の裏には秘話があったのです。担当したエンジニアから聞き込んだ情報を含めて、開発秘話にまとめました。興味深い話もありますので、是非お読みください。

 

1.初期開発はコスワース

日産のR35型GT-Rに搭載されているエンジンは、VR38DETというV型6気筒のツインターボエンジンです。歴代GT-Rで直列6気筒以外が採用されたのはR35が初めてです。

 

このV6ツインターボエンジンは、VQエンジンのファミリーとして開発されたのですが、ほかのVQエンジンとは異なり、初期の開発はコスワースが行ったものです。当時日産には人的資源が乏しく、社外に業務委託するしかなかったようです。したがってVQファミリーではあるのですが、VR38DETTのみがコンセプトが異なり、特殊なスペックになっています。まず一番の大きな差は、シリンダボアの剛性を向上するために、クローズドデッキに変更したことです。

 

ほかのVQ系は鋳造での生産性を向上するために、鋳造中子を使わないPDC(プレッシャーダイキャスト)で生産されており、オープンデッキとなっています。一方VR38DETTはクローズドデッキにするために中子を使用しているので、LPDC(ロープレッシャーダイキャスト)という生産性が若干劣る工法で生産されています。このほかにもオイルの供給方法が、ドライサンプに変更されクロスフロー化されているなど、ボアピッチ以外はファミリーとは呼べないほどの大きな違いになっています。GT-R用のエンジンというのはそれほど特別な位置づけのものだったのです。

 

2.VR38DETTの開発課題

VR38DETTの開発が始まったのは、R35が発売された2007年から遡ること約4年、2003年頃になります。

 

当然エンジン出力を比類なきものにするという大命題がありますが、その他の開発初期での一番の課題は、レーシングカーとして大きな横Gがかかった時でも、動弁系にしっかりとオイルを供給することでした。その目標は、エンジンが45°傾いた相当の横Gがかかった状態でも、オイルが問題なく供給できるようにするというものでした。

 

そのため、これまでのエンジンとは異なり、オイルパンからシリンダーヘッドにオイルを上げる経路をクロスフロー構造にしています。その結果ニュルブルクリンクを全速走行しても全く問題とならず、課題をクリアしたのです。

 

開発課題はほかにもありました。高出力を生み出すエンジンは、自己の燃焼による熱がシリンダー内および燃焼室内に残ってしまい、異常燃焼が発生しやすくなり、ノック特性が悪化するという問題がありました。燃焼室内を冷却する必要があったのです。当初は燃料噴射による冷却を行い、ノック特性を改善しようとしていましたが、燃費が1割近くも悪化してしまうという大きな性能上の跳ね返りがあり、この解決策を模索することになったのです。

 

そこで登場したのが、溶射ボアという新技術です。従来のシリンダライナーよりも、シリンダブロックとの密着性が向上し、熱伝達が大幅に改善されることから、ノック特性を改善できるという技術です。この技術を採用することにより燃料噴射による冷却をやめることができ、圧縮比を上げたり、点火時期を進角させられることで、エンジン性能の向上が図れるのです。

 

しかしながら、この時点では、この技術はまだ要素技術開発も完了していない、技術確立されていない段階でした。非常に多くの課題を抱えながらも急遽採用前提で量産開発を行うことになったのです。しかも後戻りできないがけっぷちの状況で・・・

 

さらに、従来の量産エンジンでは、クランクシャフトの位相に対し、カムシャフトの位相がばらつくという、性能ばらつきにつながる課題がありました。両者の位相がばらつくということは、ピストンの運動と吸排気弁の運動のタイミングにずれが生じ、最適のバランスで運転することができなくなります。非常に些細なものではあるのですが、エンジンに個体差が生まれ、ばらつきの範囲内で出力や燃費が低下することにつながることから、GT-R用のエンジンではこれを克服する必要がありました。

 

この対策としては、社内に数名しかいない匠と呼ばれる超一流のエンジン職人が、手作業でエンジンを組み立てるというものでした。それによってカムシャフトの位相のずれだけでなく、様々な生産工程で発生するばらつきの影響を最低限に抑え込み、エンジン個体差の少ない、高性能のエンジンを生み出すことに成功したのです。最新技術をいくつも投入しているエンジンなのですが、最後は人の手に頼ることになったのも面白いですね。今ではエンジン生産ラインの事を匠工房と呼んでいるのです。ライン見学もできますので、日産の横浜工場に一度見に行かれると面白いですよ!

 

3.新技術溶射ボアの開発物語

VR38DETTエンジンの溶射ボアの工法はPTWA(プラズマトランスファーワイヤーアーク)というフォードの特許技術であり、この特許の使用に対してライセンス料を支払って実施したものです。

 

開発着手前には、特許を持つフォードから、量産にかかわる様々なノウハウが得られるものと期待して工法を選定しました。しかしながらふたを開けてみると、実際にはフォードは量産のノウハウを持っておらず、日産は思惑がはずれ、0からのあるいはマイナスからの開発となってしまったのです。

 

思惑の外れた日産は、技術的な課題を洗い出しアクションレベルまで詳細にばらし、その課題解決の進捗を細かく管理することで課題解決を図りました。まだ量産技術が確立できていないものを2年で量産化しろというのですから、エンジニアにすればたまったものではありません。何しろ生産工程は決まっていない、品質保証方法も決まっていないという、危機的な状況だったのですから。

 

日産社内では設計や、実験、材料技術、量産ライン担当者、生産技術担当者らによるクロスファンクショナルなプロジェクトチームが結成され、日夜を問わず生産技術開発を続けたのです。そんな苦労の甲斐もあり、紆余曲折がありながらも、無事に量産立ち上げにこぎつけることができたのです。

 

現在はMRエンジンやHRエンジン、VQエンジンといった量産エンジンにもこの技術が採用され、さらに海外拠点でも量産に成功しています。日産のスタンダード技術となっています。グローバルで大量生産されているエンジンで溶射を採用したのは日産が世界初です。量産化した溶射工法はTWA(ツインワイヤーアーク)という、ダイムラーが特許を持つものに変更されています。より安価で、かつオープンデッキ構造のシリンダブロックの、溶射による熱変形を改善するためにこの工法を採用しています。

 

アライアンスであるルノーやダイムラーも日産の開発ノウハウを水平展開して、量産採用しています。もともとはダイムラーの特許であるにもかかわらず、日産がダイムラーにノウハウを提供しているというのは実に面白いことですね。

 

4.進化を続けるVR38DETTエンジン

前章では多少本題から脱線してしまいました。VR38DETTの話に戻りましょう。

 

VR38DETTの開発は発表発売を迎えて終わりというわけではありません。ライバル車が年々進化し続けるのと同様、競争力を維持するために日々進化を続けているのです。発売当初の2007年には480馬力であったエンジン出力は、2008年には485馬力に、2011年には530馬力に、2016年には570馬力にまで向上しています。前述したいくつかの技術だけでなく、細部にわたって開発は続けられており、日に日に進化を遂げているのです。

 

VR38DETTは世に出されてから、早10年を経過しています。そろそろ根本的な改革が必要な時期に差し掛かります。エンジンのモデルチェンジというのも、そう遠くない将来に実施されるはずです。おそらくボディのモデルチェンジとタイミングを合わせてくるのでしょう。2年後か5年後かいつかは定かではありませんが、必ずその時はやってきます。その時には新たな開発秘話が生まれることでしょう。「技術の日産」らしく、様々な新技術を投入してくることを願ってやみません。その日が来るのを楽しみに待つことにしましょう。